巧妙or誤魔化しの”重ねられた過去” – 「デッドプール&ウルヴァリン」感想

”愛”の1、”家族”の2、そして”人生”の3作目

世界中のファンを心配させた、2019年のウォルト・ディズニーによるフォックス買収。シリーズはその後無事に継続が決まるも、買収の影響もあってか、前作から少し時間が空いて公開された3作目「デッドプール&ウルヴァリン」

映画「デッドプール&ウルヴァリン」のメインビジュアル。爪を出すウルヴァリンと、彼の肩に頭を寄せて、胸に手を添えるデッドプールが写っている。ハートを付けた「ズッ友だよ」というキャッチコピーがキモカワイイに拍車をかけている。
2024年日米公開。主演ライアン・レイノルズ、共演ヒュー・ジャックマン他。ディズニー配給。

大方の人が予想していたのと同じく、「デッドプールの一作目は"愛"、二作目は"家族"についての物語だったから、次は"人生"とか"生き方"についての話になるんじゃないか」と、過去作を見直していた時にぼんやり想像していました。実際に見てみると、確かに内容は"立場"とか"役割"とか、「"今"、何をするべきか」みたいな"人生観"が語られています。予想していた人は沢山居た筈なので、ある意味無難なテーマ設定です。
そんな普遍的な物語性を含んだ今作は、救世主としてこの世界を救うことが、結果的に自分の手が届く範囲の世界=価値観・視座を変えて、己を見つめ直し、自分自身を救うことにも繋がっていく。”今”を救うことで未来までをも守ることになるという、将来を見据えた視座を獲得していくのが、不器用ながらも人生讃歌のようで、とても素敵な作品になっていると思いました。同じくショーン・レヴィ監督、ライアン・レイノルズ主演の『フリーガイ』も、世界という価値観を変える作品でしたね。

人生と過去作の振り返りを重ねさせる巧妙さ、または誤魔化し

マルチバースという題材は創作物において、自己を見つめ直す為の装置としては使い勝手が良いのでしょうか。

マルチバースとは多元宇宙論など、別の世界や宇宙といった意味。MCU作品でも同じ様な意味合いで使われている概念です。が、微妙な説明セリフのみでハッキリとは意味を提示していないような気がします。これまでは”別の宇宙”とか「もし別の世界があったら…」という”パラレルワールド”的な意味で使われていました。

スパイダーマン ノー・ウェイ・ホームドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス

MCUでマルチバースを扱った作品である『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』や『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』では、登場人物たちが人生を変えようとしたり、別世界と比較する様子が描かれています。

ドラマ『ロキ』もマルチバースものですが、私はあの作品はマルチバースという横軸の広がりよりも、タイム・パラドックスものみたいな、縦軸の話をしているように感じました。ドラマ内でも"マルチバース"という言葉では表していなかった気もします。

マルチバースを扱った映画には、ソニー配給の『スパイダーマン:スパイダーバース』や、DCコミックス原作の『ザ・フラッシュ』がありますし、アメコミ映画以外にも『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』がアカデミー賞を取って話題になりました。

映画「ザ・フラッシュ」の公式サイトのメインビジュアル。フラッシュ、バットマン、スーパーガールの3人とタイトルが、ビリビリした感じで写っている。
映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のDVDのジャケット。主演のミシェル・ヨーはじめ、登場人物たちが何人も写っている。

マルチバースやタイムトラベルを扱った作品は総じて"人生"や"愛"を語るものになっている気がします。他作品については後述しますが、今回のデッドプールでは、「別の世界ではなく目の前の世界を愛することこそ、人生=自分を救う」というメッセージが込められていました。しかしながらそれは数行のセリフやモノローグで済まされており、過去作のゲスト出演による高揚と懐古的な感傷の中に紛れてしまっています。これはつまり、人生の見つめ直しという振り返りと、過去シリーズの懐古という振り返りを重ねさせて、主人公であるウェイドと過去シリーズの悲喜交々を鑑賞者にダブらせて考えるように仕向けている。それに加えて鑑賞者自身の思い入れも重ねられる。これを巧妙な手法で描いていて上手いと見るか、考えを委ねさせて描写の薄さを誤魔化していると見るかは、受け手次第。振り返りをダブらせる事とウェイドの焦りや逡巡が薄い事は確かだと思いつつ、私はどちらとも言える事を含めて上手い脚本だなと思ったので、この作品が好きになりました。マルチバース映画の中ではとても良い出来だと思います。

”別世界もの”からのマルチバース

エブエブやスパイダーバース・シリーズ、ザ・フラッシュを例に挙げる感想はチラホラありますが、それ以外のマルチバースもの、パラレルワールドものと比較した感想は意外と少ない気がしました。別の人生や価値観の相違を描くという点でマルチバースものは、パラレルやタイムトラベル、タイム・パラドックスを扱った作品とも通じる価値観があると思います。現在のちょっとしたマルチバースの流行とそれら作品群は映画史において地続きにも感じます。

エブエブがアカデミー賞を受賞した頃、Base Ball BearのVo.小出祐介と音楽ライターの南波一海によるポッドキャスト「こんプロラジオ」にて、マルチバースと人生観について話されていたのが興味深かったです。

映画「ジュリア(ズ)」のメインビジュアル。同じ場所だけど違う状況の数枚の写真が、別の人生を思わせる。
映画「バタフライ・エフェクト」メインビジュアル。

マルチバースの様な題材の映画は他に『ジュリア(s)』があり、”別世界”という広い意味では過去には『マトリックス』シリーズや『バタフライ・エフェクト』『イエスタデイ』『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』『ミッション:8ミニッツ』等々があります。インターネットやSNSによって自己認識が拡張され、他者との境界が曖昧になり、匿名性を利用して別人になれたり、見る/見られる機会が増えたこの時代。偶然か必然か、世界と時代を反射して見せる”映画”というアートにおいて、マルチバースという概念はこの上なく説得力を持って現代を語れる手法なのである。他者との境界が曖昧になるとか、SNS的な部分では新エヴァもあります。

この「マルチバースとSNS時代の親和性」みたいな話はRHYMESTERの宇多丸アーバンギャルドの松永天馬か、誰かが話していたような気がしますが思い出せませんでした。少し調べても情報が出て来なかったので、調べておきます。もしかしたら二人共、似たような事を話していたかもしれません。

映画「イエスタデイ」メインビジュアル。英語版。
映画「ミッション:エイトミニッツ」メインビジュアル。

”乗り込んだ中央線”とドラマから映画へのほぼ初めての事など

作品を好きになると他の好きなものと結び付けがちになるのが悪い癖ですが、別世界を想像して自分の立ち位置が曖昧になるよう感覚は、先程も名前を出したBase Ball Bearの楽曲『DIARY KEY』を思い出しました。

”乗り込んだ中央線 ひとりひとり特異点
ゆれてゆれて 見失った ここは何線だ”

この歌詞は電車や道路の中央線を描いた言葉でもあるけど、”線”というワードがマルチバースものでよく使われる”世界線”というワードを連想したり、マーベルのポッドキャストに小出祐介がゲスト出演した回(「MARVEL STUDIOS TALK」(マーベル・スタジオ トーク)#10)でドラマ『ロキ』について話されていたことがあったので、個人的にマルチバースのような意味合いとして受け取った部分が強かった、というかそういう思い入れがあるんです。この曲で歌われている事、そしてアルバム全体で見せられる風景は、愛を持って人生を俯瞰する様な内容でもあるので、今回ウェイドが辿り着いた視座とも通じると思い、この楽曲を連想しました。この曲をタイトルに冠したベボベのアルバム『DIARY KEY』は傑作ですのでおすすめですし、ドラマ『ロキ』は大好きです。おすすめです。

『ロキ』についての感想ブログ


ピーター(の親戚?)の乳首と股間に付けたピアスを繋いだチェーンを、ユキオが恐る恐る触るシーン。触った瞬間ビクッと動くピーターに驚く、というクレイジー過ぎるギャグシーンがありましたが、忽那汐里はよくあんなシーンをやってくれたなと思いました(笑)

鑑賞中のメモに「ナノ、日本にもある」と書いていたのですが、自分で書いておきながら意味不明で、何のことか分からなくてもう一度見たいです。車について話していた時のメモだったような…。


そして何よりハンターB-15!!!『ロキ』のキャラクターがスクリーンに映るのは感激です。ドラマが初出のキャラが映画本編に出てくるのは、モニカやカマラに続いて3人目。ドラマを映画と密に連動させる方針を見直したことにより、ドラマからの映画出演が難しくなったかもしれない今となっては、本当に嬉しいゲスト出演となりました。ドラマからの映画出演は、最初はヴァルですがあれはコロナで公開順が入れ替わり、且つポスト・クレジット・シーンでのものです。カーンもドラマが先ではありますが、あれはあくまで「在り続ける者」なので、別人として解釈。モニカとカマラは映画で主役級の扱いでしたし、ドラマと同じく脇役としての映画参入は、ハンターB-15が初めてかもしれません。いや初めてでしょう!ある意味初めての、ドラマからのゲスト出演といっても過言ではありません。忘れていたけど、アライオスもスクリーンデビューした作品でした。


カサンドラのリップはどこのメーカーの何番ですか?って気になるぐらい綺麗でした。

まとめ – ”マルチバースを扱ったMCU作品”の傑作の一つ

人生観と過去シリーズを同時に振り返ったような今作。その巧妙なダブらせ方と、主人公が辿り着いた価値観は、ギミックとメッセージが上手く合致していて、”マルチバースを扱ったMCU作品”において、傑作であると感じています。

ただしやっぱり、アメコミ映画ファン以外からすれば、そうでも無いだろうとも思いました。当然ですがファンでもしっくり来ない人も居る筈。

少なくとも、"今"まわりに居る人達を大事にしよう。あの言葉は”役割”の見つめ直しと同じぐらい、私にとっても良く響くセリフでした。

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