”ゴジラ”の中身-昭和シリーズ

2024年8月13日

はじめに

第96回アカデミー賞視覚効果賞を受賞し、公開から話題の絶えない「ゴジラ-1.0」

せっかくなので、これを機にシリーズ全作品を見てみようと思って、そして全部見終わってから最後に「-1.0」を見る事にしました。出来れば山崎貴過去作もいくつか予習したい。全作鑑賞は「シン・ゴジラ」公開前後あたりから、いつかやってみたいと思っていましたが、やっと触手が伸びました。ボンド映画を一作目から見始めた時も思いましたが、こういう機会でもないと、古い映画ってなかなか優先して見ようと思えないですからね。

これまたせっかくなので、シリーズを通して見て感じたものを残しておくことにしました。つまりこれは殆ど日記です。参考文献とか関連書籍とか、出来れば読みたいのですが、とりあえず日記的に、感覚で捉えたものをまずは書いています。日記です。感想です。

ゴジラシリーズはDVD・Blu-rayの購入やレンタルの他、サブスクではHuluやU-NEXTで視聴できます。一部を除き全作もしくは複数作品を鑑賞するのであれば、いつでもどこでも、繰り返し見られるHuluをオススメします。

古い映画に馴染みが無い方は、なるべく画質が良い方がとっつきやすくなると思うのでBlu-rayもいいかもしれません。私はHuluで見ていますが、画質に問題も違和感もなく鑑賞できました。古い007映画を最近見たというのも、すんなり見れた要因かもしれませんが、100年ぐらい前でなければ大抵は見やすい筈です。

▽平成シリーズについてはコチラ

▽ミレニアムシリーズについてはコチラ

▽シンと-1.0についてはコチラ

ゴジラシリーズの流れ

シリーズは全部で30作あります。

1作目から15作目までの、昭和期に作られたいわゆる”昭和シリーズ”。リブートされ主に平成に作られた”平成シリーズ(VSシリーズ)”。主に2000年代に製作された”ミレニアムシリーズ”。そして2010年以降の近年の作品が2作。一般的にはこの四つの時代に区分されています。

酷い表ですみません、、、取り急ぎ、ハンドメイド感溢れるエクセル画像ですが、シリーズ一覧です。

この他にもアメリカ製のゴジラが二種類。一つは98年のトライスター・ピクチャーズ配給によるジュラシック・パークこと「GODZILLA」。もう一つはワーナー・ブラザース配給で、「キングコング:髑髏島の巨神」と世界観を共有する”モンスター・バース”シリーズ。こちらは最近の作品で、本国だけでなく日本でも人気のシリーズになりましたね。

あとは独自のストーリーを確立しているアニメシリーズや、デフォルメされたショートアニメなどアニメでもいくつかあります。

「-1.0」の予習なので、この記事では主に日本の実写シリーズに関して書いておきます。

ゴジラシリーズにあったもの

ゴジラ昭和シリーズについて①

昭和シリーズは冒険活劇やプロレスのような怪獣バトルを映した作品がほとんどで、娯楽作品としての側面が強いんですよね。映画なんてほとんど娯楽の為だというのはあるんですけども、この時代はエンターテイメントの種類が今より少ないので、この時期の映画は、プロレスとかそういった興業としての側面が強い。”観客から求められているもの”にストレートに応えようとしてきたシリーズだったと思います。まさにアイドル、ヒーロー、アイコンとしての”ゴジラ”。

1作目は勿論インパクトが強いんですが、この時期でも「対ヘドラ」のような、更にインパクトの強い作品もありました。そういった反戦や公害を描いてきたことについては後述します。
それ以外で細かい特徴を挙げていくと、人間が話を引っ張るドラマパートも意外とバイオレンスとか。殴って血まみれになるとか引きちぎるとか、しれっとやっている。怪獣パートも、7作目「エビラ」は特に特撮らしい怖さがあって、ホラーの趣きも感じられます。

3作目(「キングコング対」)以降は多くの作品で、人間側に悪役が居て、そこでドラマを作る構成になっています。人間ではなく宇宙人が悪役という時もしばしば。昭和シリーズでは、怪獣映画という非現実的なジャンルの中で、人間側の物語をどう語っているのか。中期からは宇宙人との遭遇や駆け引きというSFアドベンチャーにする事で、怪獣とのリアリティーのバランスを保つようにシフトしていったのかなと思います。後期は探偵ドラマの様なサスペンスドラマとして語っていることもありました。

SFアドベンチャー以外にも、少年の夢の中での冒険を描くという前衛的な企画も。それは10作目の「ガバラ」なんですが、「ガバラ」はとても印象深くて、また別に話したい作品でした。良い映画です。

10作目から「東宝チャンピオンまつり」という、複数の作品を上映するプログラムの一つとして公開されるようになります。10作目はその影響で上映時間が20分ほど短縮されましたが、次作からは上映時間80分程度に戻りました。

「ガバラ」は子供中心、その反動とはいえ次作の「対ヘドラ」はやばいです(笑)アングラ過ぎ。ちなみにタイトルが「〇〇〇対〇〇〇」になるのは「モスラ」以来で、しかもゴジラが先に来るのは初めてです。意外ですね。

これは昭和シリーズに限らないのですが、三幕構成がハッキリしているので見やすいです。「ガバラ」以降ドラマパートがシリアスになっていくのも、対象年齢が少し引き上げられた感じがして見やすくなったかもしれません。

カメラの動き方やミニチュアセットの使い方、画角など、視覚的に面白い部分も随所にあるのが特撮映画の特徴ですね。それでいてゴジラの動きはプロレスラーっぽく、コミカルな見やすさもあります。

70年代に入ると服装やデザインがモダンになってきますね。あとヒッピーっぽさも。透明な黒電話という、アップルよりも先にスケルトン製品を見せた先進的なアイディアも。黒電話なのに透明っていう、ね。雰囲気も現代のドラマに近づいてきます。そういうのが12作目。

15作目「メカゴジラの逆襲」では、蹂躙され破壊された都市に対して、怪獣が更に瓦礫を吹き飛ばして荒らすというシーンがありました。怪獣映画には、地震等の凄惨さを知る現代人にはきつい描写もありますが、やはり怪獣には来てほしくないですね。

ゴジラ昭和シリーズについて②

娯楽作品としての冒険活劇の側面の他、水爆実験によって生まれた怪獣なので、やっぱり反戦などのメッセージ性も豊富なシリーズなんですよね、ゴジラは。正体不明の存在に対する人々の反応、畏怖、トラウマの再来、人間の手に負えない技術をどう扱うか、というのも。

5作目「三大怪獣」では、『「我々が助ける理由は何も無い、人間はいつも、我々をいじめているじゃないか」』というゴジラの心情を表したセリフがありますが、怪獣というより害獣のような、理解できそうな動物のような距離感という感じがしますよね。この頃には既に、映画を見る人にも同じ価値観が芽生えているぐらい、アイドルになっている気がします。怪獣への哀れみなど、正体不明の畏怖の存在から利用価値のある生物へと見方が変わっていくのは、シリーズを通して見ていると興味深い変化でした。

水爆怪獣とも呼ばれたゴジラですが、7作目「エビラ」では、悪人を倒す為に水爆をあっさり起動するなど、意外とアメリカ的発想な面も見られます。しかし同作では奴隷解放のシーンもあって、道徳的な描写もある。

ハッキリと反戦や解放を描いて物語に盛り込むのが、この時代の娯楽らしいと感じました。と言いつつ、科学の悪用に反発したかと思えば主人公らの実験のせいで生態系を破壊するなど(8作目「ゴジラの息子」)、スタンスがちぐはぐな作品もあって、全作品が偉いという訳でもないとも感じました。昔はこういう、人間の負の側面や業が当たり前に描かれていたんでしょうか。壊された都市にも妙な生々しさがあるし。懐が深いジャンルですね。映画自体がそう。

昭和後期は冒頭に主題歌が付く作品もあって、怪獣や放射能など直接的な固有名詞を出す歌詞だったり。「対ヘドラ」は驚くほど公害批判、警鐘がストレート。

悪党、裏切り、核実験、奴隷、都市の崩壊、両親共働き、公害、機械依存、環境破壊、先住民への侵略、毒親。娯楽の側面だけでなく、何かしら必ず暗部を描いてもいるという、本当に見応えのあるシリーズです。

ゴジラ昭和シリーズについて③

ちなみに妖精姉妹が可愛い。関係無いけど、未知の宇宙人が女性ばかりで、良く言えば先進的だが、ミステリアスを女性に担わせるのは少し古い価値観の偏見でもあると思いました。でも「地球が静止する日」や「時をかける少女」は男性がミステリアスだったりするか、、、。

これから見る方には

ゴジラに限らず、全てのシリーズものに言える事かもしれませんが、ゴジラシリーズは、”あの強過ぎる1作目に対してどう応えるか”という、アイディアや思想の積み重ねだと思いました。

平成シリーズはストーリーが一貫していますが、昭和シリーズはどこから見ても楽しめる”こち亀”スタイルなので、気になった怪獣やあらすじから作品をピックアップするのも良いと思います。古い作品でも、基本は明るい作風ですし、日本の作品なのである程度は親しみやすさもありますし。勿論、平成のもどこから見ても楽しめます。

全部じゃなくていくつかで構わない方は、まずは雰囲気を掴むために、1作目「ゴジラ」、6作目「怪獣大戦争」、9作目「怪獣総進撃」、12作目「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」、15作目「メカゴジラの逆襲」あたりの、原点や各時期の集大成的立ち位置のものから見てみるのをオススメします。