【「バイス」編】”大統領”に向けられた視線から読み解きたい「キャプテン・アメリカ ブレイブ・ニュー・ワールド」-新作に向けて”大統領映画”を鑑賞②

2025年2月8日

次作の「キャプテン・アメリカ」では大統領に就任したサディアス・ロス(ハリソン・フォード)が、重要なキャラクターとなることが既に告知されています。新キャップとなったサム・ウィルソン(アンソニー・マッキー)の”サム・キャップ”としての活躍にも期待したいし、アクションシーンを楽しむ映画ではありますが、せっかくなので、”大統領”が大きく関わる映画をこの機会にいくつか見てみることにしました。

ハリウッド映画における”大統領”について、

・大統領は何を目的に何を守ろうとしていたのか

・それに対し、主人公は何の為に何を守ろうとしていたのか

・作り手は大統領をどの角度から描き、どう切り取っていたか

といった視座から注目していきたいと思います。


それと、私はアメリカに住んだことも無ければアメリカ文化の専門家でも何でもないので、国家としての役割とか、実際の国民の考えや反応など、現実的な視点からの解説等は出来ません。ごめんなさい。感想です。

「バイス」

監督:アダム・マッケイ

主演:クリスチャン・ベール

劇場公開:2019年

配給:ロングライド

アメリカ史上最も権力を握った副大統領と言われ、ジョージ・W・ブッシュ政権の中、アメリカをイラク戦争へと導いたとされる男”ディック・チェイニー”を描いた伝記映画。

大統領/主人公の目的

今回の映画は副大統領が主役なので、大統領=ジョージ・W・ブッシュの目的はというと、今作の中だけで言えば、ディックに副大統領任命を考えていることを伝えるシーンでやんわり語られていました。

主人公・ディック・チェイニーはというと、映画のラストで彼の口から直接語られます。劇中で初めて、語り部であったカート(ジェシー・プレモンス)以外の人物が第四の壁を破り、こちらに向かって話しかけるというシーンでした。まずこれは第四の壁を破る=カメラに向かって話すことで、鑑賞者に直接伝えている様に見えるという点と、鑑賞者だけに聞こえるところで話すことで、本心を表に出さない彼の本音がようやく見える造りになっているという点の、二つの仕掛けが効いているシーンとなっています。この二つの効果によって、鑑賞者の感情に触れるようなシーンが生み出されていると、私は思いました。初めて感情的なものを見せる事で、見る者の感情を呼び起こす、という事だと思います。

「選挙で選ばれて、光栄に思う」と壁を超えて語りかけますが、選ばれたというよりイメージを操作して誘導しただけ。「みんなを守る為にやった」とも言いますが、建前だろうと本音だろうとそんなことはみんな分かっている。そうだとしても、正義の為でも独りよがりじゃ意味無いし、一面的だと良くないから"みんな"で話し合うというのが一応は民主主義の根幹でありシステムだろう、と思っています。

作り手が切り抜きたい”大統領”

名前だけの登場も含めると複数の大統領が出てきますが、主に描かれるのはブッシュJr.大統領です。「コイツには任せられない」とか、「操りやすい」とか、主人公たちから軽視されている”置物”的な描かれ方をしていて、他の”大統領映画"と比べたらほぼ中身の無い人間のように見られていました。でも表向きのトップの裏に黒幕が居る、というのはある意味ドラマチックで映画っぽいかもしれません。とはいえ最後、拷問を実質合法化させる書面について、「大統領はいつでもそのメモを引用できる」というテロップを出すことで、”大統領”がどういう権力を持っているかは言及していると感じます。トランプ政権再びの今見ると…。

一幕目の「労働時間が長くなると、政治やややこしい話はしたくなくなる」というモノローグの様に、主人公であるディック・チェイニーを英雄視するのではなく、皮肉っぽく描くことが示されています。

シニカルな視座が貫かれていますが、温かく見えるシーンもあり、一つ記憶に残った場面がありました。初めて与えられたデスクにディックが座るシーン。窓も無いし狭い部屋だけど、満足気に机をコンコンと叩く姿がとても印象的です。妻であるリン(エイミー・アダムス)に電話して生まれたばかりの次女にも話しかけ、家族との明るい未来を想像するかのように愛娘を想うあのシーンだけは、彼を温かい目で見ることが出来ました。電話で話す事とか、目線とか、電話越しだけど彼が笑っているのが見られるとか、そういう演出でそう感じたのかもしれません。

技術と美術

制作にはブラッド・ピットの会社、プランBも入っています。

それにしても、こういう映画って何でこんなにカットバックやモンタージュが多いんですかね。史実に基づくと、奇妙な話でもないと事実を淡々と述べるだけの映像になってしまうから、編集を凝らすのかなと思いました。カット数も多いです。

この編集は、アトロク 2022.1.14 「ムービーウォッチメン:『ドント・ルック・アップ』」評によると、スコセッシの「グッドフェローズ」以降の編集センスを、更に密度を上げてカオティックなレベルにまでしている独特な作風。とのことでした。

9.11テロが起こり、ディックがリンから「敵は誰?」と問われた時、「"一元的執政府"」とテロップが出てくる事に作り手の提唱を感じます。

大統領を差し置いてヘリで移動するシーンもとても笑えます。軍人もしくはSPが「南側を使えるは大統領だけだろ?」「非常事態だからじゃないすかね…?」みたいな会話するシーンはコント。監督がサタデー・ナイト・ライブの脚本を書いたり、風刺コメディを作った経歴もあるとのことでした。

アトロク 2019.5.3 「ムービーウォッチメン 三宅隆太さんによる8作品 特別編」にて、宇多丸病欠により、三宅隆太監督が代打として8作品を2分で評論するショート・ウォッチメンがありました。見やすいのは、政治劇にありがちな情報のやり取りに力点が置かれておらず、チェイニーという人物をどう捉えるかにフォーカスしてるから、と。現実に即しつつ、今見ているのは作り物なんですよ、というのを意識させるポイントがいくつか。官僚的な人物が、個人的な思想を背景に戦争を呼び込んでしまう事を描いている。恐ろしいが、それに留まらず、しかしそれに気づかず欺かれていた大衆に責任は無いのか?という問いかけまで踏み込んでくる。そこで前半で仕掛けていたメタな視点が効いてくる。らしい。

イェールの田舎っぽい家の中ではハエが飛んでました。無くても良さそうなのに、リアリティーにこだわった描写で、そういう所もアカデミー賞美術賞を受賞しただけある、ってことでしょうか。

「指をチュパチュパ音を立てて舐めるシーン」という、いわゆる指チュパがあってとても不快(笑)。「出た〜〜〜」って笑いながら見てました。

何故かマカロニチーズが毎回水っぽくなる、という話をするシーン。リンは料理に詳しくないのかなと思わせる描写で、彼女は自分以外を動かす事に専念してきた、そんな人生を表すような一幕でした。

ブッシュJr.が侵攻について演説してる時、机の下で貧乏ゆすりをする。一方イラクでは、どこかの家族が机の下に隠れ、足を震わせている。辛い。

「マトリックス レザレクション」じゃないけど、最後の最後でメタ的な演出があると思っていたら、ポストクレジットでやってくれて嬉しかったです。キャプテン・アメリカ4作目の予習として見ている自分にもグサッと来ました(笑)。ギャグシーンではあるけど、PR会社が"市民調査"を操作しなくても、既に言い争ってる奴らは居るという描写にも感じます。だし、最後の最後にワイスピが楽しみと言われるのも、この映画自体を指して「でもまぁ、こういう映画ってつまんないよね〜」という自虐にも感じました。そうですよ、つまんないですよ。こういう映画ばっか見るのはつまらないですよそりゃあ。色んな作品がある中での一つとして見るから、面白いんです。でもこういうジャンルでも楽しめる部分は沢山あるんだから。楽しさを見つけていかなきゃつまらないと思います。現実の政治は面白がっちゃあいけませんが。

最後に、構成について。22分頃、ドアの向こうで戦争を起こせる権力を見る。31分、主席補佐官になる。映画の進行としては意外と早い段階で高い地位に就いたようにも。つまりまだ上がある、という。49分頃、偽エンドからの副大統領依頼までが一幕目?1時間7分、ブッシュJr.とディックの勝利。1時間25分、テロリストという敵を認識するディック。その辺りまでが二幕目だと思います。

内部リンク

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